
2004年春からの秋葉原におけるメイドカフェ・ビッグバンの初期の時代では
路上でメイドを見かけることは大変レアな出来事だった。
メイドカフェの数も少なく、メイドの絶対数が少なかったために、
たまに買い物に出るメイドさんの姿を見かけると思わずみんなが振り返ったものだった。
それから2年経った2006年にはアキバの路上にメイドがあふれ、
口の悪いアキバフリークは彼女たちを指して「野良メイド」と称したりした。
思えばこのとき、すでにアキバのメイドブームは下り坂に差し掛かっていたのだと思う。
初期のメイドたちはある意味ネオ・ヴェネツィアにおけるウンディーネのように、
街のイメージを代表するアイドル業だった。
いままで二次元のイメージの中にしか存在しなかったメイドが
現界して自分にかしずいてくれる。
客たちは彼女たちに足りないものを脳内で補完し、
「アキバメイド」というキャラクターを立ち上げることに成功していた。
ところが次々とメイドサービスの店が開店し、
アキバにおけるメイドの絶対数が飽和点に達したとき、
チラシ配りの「野良メイド」が出現し、
「アキバのアイドル」というステータスは見る見るうちに霧散していった。
残ったのは学園祭の模擬店のようなチープな内装の店内、
お世辞にもうまいとはいえない料理、
そして魔法が解けてしまった彼女たち。

あのアキバに虹がかかっていたような日々が懐かしくなったとき、
私は池袋の乙女ロードまで足を伸ばして「ワンダーパーラーカフェ」に行く。
落ち着いたクラシックが流れる店内。
夏でもロングのメイド服。
ポットサービスで出される何種類もの紅茶。
そしてメイドたちの落ち着いた所作。
別に特別なサービスを提供しているわけではない。
しかしなぜ秋葉原にはこういう落ち着いた当たり前のメイドカフェが
できなかったのかと、つくづく残念に思うのだ。
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